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2014年2月25日 (火)

艦スペ№51を読んで!

皆さん、こんばんは。happy01

今回のネタは久しぶりの「艦船模型スペシャル」という雑誌です。

「モデルアート」という、プラモデルの雑誌としては古株、しかもスケールモデルのみをネタとする専門書的な堅いイメージの別冊からスタートし、季刊誌となって早いものですでに51回目の刊行となりました。編集長も交代して多少内容が変わったようにも感じられますが、良くも悪くもと言ったところでしょうかね?

今回は、旧日本海軍の装甲空母「大鳳」と「信濃」。なんだか…聞いたような題名だなぁと思っていたら、艦スペで以前取り上げられたのではなく、学研の歴史群像シリーズで取り上げられていたために感じたことでした。

大戦後期の日本空母の迷彩は、今の世の中で育った私には理解不能のものなので、あれこれ興味を持つのですが、色彩一つをとってみても真実が見えません。甲板の迷彩どころか、舷側の迷彩に関しても、貨物船のシルエットを描くところまでは解るのですが、色調が悩みどころです。

そんな中で、この艦スペ№51の空母「信濃」の作例は色彩的に共感できました。私的な意見を言うならば…、舷側の色彩は現在の定説である舷外21号、22号の緑色迷彩で塗装されていたのではなく、舷外1号(防空鼠色)と舷外2号(緑色)で塗装されていたのではないかと思います。そう考えると、空母「天城」の戦後のカラー写真の色彩も納得できるのです。

ただ、防空鼠色が空色(水色に近いグレー)だったのかどうかが解りません。防空鼠色はニュートラルグレーに近い色といわれていますが、青みが強かったのは確かのようです。

もう一つ、現在製作中の給油艦「足摺」の作例が掲載していましたので、じっくり拝見させてもらいました。一番感じたことは、甲板のリノリウム再現の有無でした。給油艦やタンカーでは可燃性のリノリウムを甲板に使用することは無かったという見解で製作されていましたが、個人的にはメーカー側と同意見?であり、甲板上での作業効率を悪くするために防火上の理由を押し殺して、あえてリノリウムを甲板に敷き詰めていたのではないかと考えます。戦闘艦艇と同じかどうかはわかりませんが、戦闘艦艇では戦訓により艦内に限ってリノリウム敷きを廃止したようです。

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